先日は留学生の4名がご来館。京ことばについて小一時間話をしました。
ミャンマーの方が1名、中国の方が3名。
みなさん、来日1年~2年だというのに上手な日本語!
事前に頂いたレジュメと彼女たちが考えてきた質問を交えて、できるだけゆっくりハッキリ喋るように心がけました。こちらも いつも修学旅行生向けの「京ことば講座」でよく利用するレジュメを事前に用意。夏目漱石の「吾輩は猫である」を冒頭の段落の原文と、私流の京ことばに書き換えたものです。
4人とも「吾輩は猫である」は読破しているとのこと。さすが優秀!
日本人は情けないかな、大人でも読んだことない人が大半ですよ。
おもしろい質問が出来ていました。
「京都人のオブラートに包んだ話し方について教えてください。」
京都の人は相手を傷つけないように、且つ自分の主張もキッチリ伝えるているだけなのよ。それをイケズ(意地悪)と捉えられてしまいますが…
京ことばは、やりとりする直接の会話‘以外’のことを読み取って理解するので、難しいだの、ややこしいだの、恐ろしいだの言われますが、ずっと京都人の私にはそれが当たり前なのでよくわかりません。
たとえば、昔ブログに書いたかもしれませんが、某料理屋のカウンターでお隣の客人が滔々と料理や器や京都の事を喋っていたことがありました。隣で聞いている私からすると「自分は大枚はたいてこんだけ京都へ来ているし、ええとこ行ってるし、ええもん食べてる」という自慢にしか聞こえません。しばらくすると根っからの京都人の大将が、まったりとした口調でこう言いました。
「よ~ 勉強してはりますなぁ~」
…これを聞いてほくそ笑みました。「これ以上喋るな」ってことですから。でも、言葉通り受け取った客人は誇らしそうに続きを喋っていたような記憶があります。
この話も実例の一つで、留学生に話しましたが真相が分かるとみんな「えー!!」とドン引きでした。(^^;)
すると留学生の一人が「新聞でこんな記事を読みました!」と披露してくれた京都人のやり取り。
ピアノを練習している子供がいるお家。ご近所さんから「いつも上手に弾いてはるねぇ」と言われ、「あぁうるさくて迷惑をかけているんだな」と受け取った…という話。
私はへぇーそんなことが記事になっていたのかと興味を持ち、仮に私も同じことを言われたら「えらい うるそぉしてすんまへん」って謝るわー と言うと他の3人は、誇張記事ではないということが分かったのか またドン引き。
回りくどいですね、京都人。
でも、相手を傷つけず自分の主張もハッキリ伝える良さがあるんですよ。(重複)